
STORIES
ストーリーズ
金城裕之
Kinjo Hiroyuki
色えんぴつ1本1本、
余白にまでこだわって、
好きなものを描き続ける。
今回訪れたのは「地域に根差し、地域と共に、地域の福祉に貢献する」を理念に掲げ、利用者が地域社会において自立した生活を営む支援を目的とした福祉事業を展開するセルフサポートセンター ぴゅあ。お話をうかがったのは、アーティストの金城裕之(きんじょうひろゆき)さん、そして職業指導員の我喜屋聖子(がきやしょうこ)さんです。
金城裕之(きんじょうひろゆき)さん(左)と、職業指導員の我喜屋聖子(がきやしょうこ)さん(右)。我喜屋さんは、口数が少ない金城さんの言葉や表情、仕草に意識を向け、言葉になりづらい声を拾って取材陣に伝えてくれました。
金城裕之さん(以下、金城さん)は、セルフサポートセンターぴゅあの就労継続支援B型「陶芸班」として、作品づくりを行なっています。「陶芸班」といっても、金城さんが取り組むのはイラスト作成。
毎日10時頃から15時過ぎまで、休憩時間を除く4時間ほどが制作時間です。
金城さんには、自閉症スペクトラムと知的障害があります。
私たち取材陣がうかがったとき、金城さんはイヤーマフを付けていました。職業指導員の我喜屋聖子さん(以下、我喜屋さん)によると、イヤーマフとは防音保護具のことで、聴覚過敏の方がつけていることがあります。金城さんは、学生時代に子どもの甲高い声が苦手でつけ始めたそうなのですが、今はこのスタイルが落ち着くようです。
金城さんの制作の様子。普段からとても描くのが早く、どんどん仕上げていきます。
「色えんぴつが好き?」という我喜屋さんの問いかけに「色えんぴつが好きだよ」と金城さん。金城さんとのコミュニケーションは、このように”おうむ返し”が大半です。
我喜屋さんによると「こうした(おうむ返しの)コミュニケーションがほとんどですが、本当に好きなものは”好き”と意思表示してくれる」そう。
金城さんは”好きなもの”への思い入れが人一倍強いようです。
金城さんが”好きなもの”の一つが、色えんぴつ。下の写真のように「もう捨ててもいいんじゃないか?」と思うほど短くなったものも使い続けています。
ひとくちに「ピンク」と言っても、色えんぴつのメーカーによって色味は少しずつ異なります。金城さんは、そんなわずかな色味の違いを区別し、一つひとつを大切に扱っているようでした。
金城さんが普段使っている画材。色えんぴつがほとんどですが、それぞれの色に愛着があるようで、短くなるまで使い続けています。
金城さんは、特別支援学校卒業後、平成25年からセルフサポートセンターぴゅあに通い始めました。
では、金城さんはいつ頃から絵を描き始めたのでしょうか?
ご家族からうかがった話によると、絵を描き始めたのは3歳頃。今もお気に入りのモチーフを、当時から描いていたそうです。
金城さんが、子どもの頃から好んで描いてきたモチーフは「企業ロゴ」や「標識」などです。
金城さんは「企業ロゴ」や「標識」を、まるで絵を描くように形にしていきます。見たものを覚えているようで、お手本がないのに、迷いなくサラサラと描いていきます。
金城さんが描いた作品、ロゴの一部。これらは沖縄のテレビ局のロゴですが、ほかにも少し前の時代の企業ロゴなどを描くこともあるようです。
交通標識も、金城さんが好んで描くモチーフです。
また、金城さんは「商品パッケージ」も好んで描きます。
やわらかいタッチながらも、細部まで丁寧に描かれたモチーフからは、金城さんのこだわりが感じられます。そんな丁寧なこだわりこそが、金城さんにとっての”好き”の表現なのかもしれませんね。
金城さんが描いたかき氷のパッケージ。”ふた”を上から見た様子のほか、斜めからみた形状など、さまざまな角度から丁寧に描いています。
企業ロゴや標識のほかに、金城さんが子どもの頃から好んで描き続けてきたモチーフがあります。
それが、宇宙関連のもの。特に好きなのは、ロケットや月、土星、UFOなどです。
金城さんの「宇宙好き」は、かなり筋金入り。特にロケットが大好きで、なんと「家族で何度も、種子島にロケットの打ち上げを見に行ったことがある」ほどだと我喜屋さんは教えてくれました。
金城さんが描いた宇宙関連の作品たち。形の描き方、色使いがとてもチャーミングです。
ここまで金城さんのイラストを見て気になったことはありませんか?
取材陣が印象的だったのは、余白のとり方です。
大きな紙の一部に、ちょこんと描かれたロゴや標識、ロケットなどのモチーフ。
我喜屋さんにうかがうと、これも金城さんのこだわりだそう。
「この(紙1枚)のスペースのなかに、しゃもじが1つだけ描かれていたこともありました。この余白にも思い入れがあるみたいなんです」と我喜屋さん。
1枚の紙という空間に、何をどのように配置して描くか。そんなところにも、金城さんの思い入れが表現されています。
真っ白な紙のなかに、控えめに描かれながらも印象に残るチャーミングなモチーフ。
金城さんは、ロゴや標識、パッケージ、ロケットなどの宇宙関連のもののほかに「人」も描きます。
取材当日、金城さん本人が、自ら描いたイラストを指さしながら「これはお父さん、これはお母さん、これは裕之さん(自分)……」と、取材陣に紹介してくれました。
こうした金城さんの作品は、これまでに商品化されたことがあります。その一部が、人の似顔絵をもとにしたポチ袋やレターセットです。これらの商品は、利用者自らがイベントに参加し、販売活動を行っています。
独自のタッチで描かれた「人」は、とてもチャーミングな表情ばかりです。
金城さんの描いたイラストに添えられているのは、ともに制作を続ける利用者さんが書いた「ありがとう」「ほんのきもち」「だいすき」などの文字。
金城さん本人は「商品や作品をつくる」という感覚はあまりもっていない様子。好きなものを、ただ描き続けてきている——そういう感覚で日々を過ごしているのかもしれません。
とはいえ、金城さんの描くモチーフは、とても魅力的です。
そんななかで、職業指導員の我喜屋さんは金城さんに、新たな挑戦を提案しました。それは、イベントに来てくれた方の似顔絵を描くこと。
金城さんは、これまで、あまり人前に出ることがなかったそう。でも、我喜屋さんは「本人の魅力をたくさんの人に知ってほしい」と、金城さんとイベント来場者が関わる機会をつくろうと模索しています。
金城さんの特性上、言葉のコミュニケーションで「やりたい」を引き出すのには難しさがあります。だからこそ「彼がやっていることに対してこちらが提案し、本人の意志を汲み取りながら、できることや強みを増やしていきたい」と我喜屋さんは話します。そして「いつか『裕之さん(金城さん)に描いてほしい!』と言われるようになるといい」と。
思い入れをもって、一つひとつ丁寧に好きなものを描き続けていく金城さん。絵を通じて人と関わっていく挑戦を、心から応援しています。
最初こそ緊張している様子もありましたが、徐々に打ち解けていき、金城さん自ら、取材陣に自分の絵を説明してくれるようになっていきました。