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ストーリーズ
「俺もできる」 ダンスで開く心と世界
Dancer RIKU
大阪万博 Breakthrough Journey出演
ダンサーRIKU報告
2025年10月7日午後6時半、大阪・夢洲。日本国際博覧会(大阪万博)」のイベントホール「シャインハット」。閉幕まであと6日間、そんな仕上げの時機に開かれたのが、国内外の障害を持つ人・持たない人が共演するダンスドラマ「Breakthrough Journey(ブレイクスルージャーニー 以下BJ)」。外の展示会場は暮れなずむ夕陽を惜しむように、なお人群れで賑わっている。館内も、開演を待ちわびる観衆のざわめきに溢れる。沖縄市在住のダウン症ダンサーRIKU=本名・古川陸さん=はじめ、5人の若者が出演した、晴れの舞台をお伝えする。

ブレイクスルージャーニーの公演会場となった、シャインハット前で。(右から)インストラクターの新城ゆきえさん、RIKU、ネオ、新城さんの後輩で前回沖縄チームメンバー、今回は東京を拠点として出演したYuzuka、岸ダリア、MISAKI、RYONA=新城さん提供
主役は、アジアの町でカメラマンになる夢を追う少年と、聴覚障害を持ちダンサーを志す少女。差別や不理解、劣等感や孤独に悩み、さいなまれ、すれ違いの旅を重ねる。自らの志と努力、また社会の支援で障壁を越え、結ばれる。その道程を舞踊と演劇で表現する舞踊劇だ。豊かなヒューマニズムにロマンス、アクション、サスペンス。様々な要素が混然一体、豊かな表現が求められる。
出演は青森・東京・大阪・島根・広島・高知そして沖縄の国内7組と、マレーシア・シンガポール・香港・台湾の海外4組。ダンサー約100人が織り成す舞台は異なる文化・言語、更に多様な個性が混じる、現代社会の縮図。万博テーマ「一人ひとりが互いの多様性を認め、『いのち輝く未来社会のデザイン』を実現する」を体現する内容である。
ダンサーの中に、ダウン症を持つ沖縄のRIKUの姿があった。チームメートはRYONA、ネオ、MISAKI、岸ダリア。計5人の精鋭だ。既にお知らせした通り、ノーマライゼーション ダンスクルー リバティー(浦添市)代表の新城ゆきえさんの指導の下、準備を重ねてきた(https://riccart.jp/stories/dance-drama-breakthrough-journey/)。

舞台衣装姿の沖縄チーム。左からRIKU、RYONA,、MISAKI、岸ダリア、ネオ=新城さん提供
出番は後半、台湾から日本に入ったヒロインの心象を描く山場。三線の音色が奏でる「てぃんさぐの花」で幕開け。夕凪を思わせる抒情のシーンが一変、躍動的なリズムに促され、激しい群舞が展開する。エイサーの胴衣(ドゥジン)を思わせる衣装。琉舞やカチャーシーを思わせる振付。舞台上の5人の配置がアメーバのように伸縮・交錯する。指、手、肘、胸、腹、腰、腿、膝、脛(すね)、足。むろん表情、頭脳や心も休むことなく、ドラマを多角的に表す。RIKUの情熱的で、また自制の利いたダンスが続く。夏、那覇の練習場で何度も繰り返していた、衣装替えシーンも、上手くいった! 高いジャンプは、一日百回の縄跳び訓練の成果。クライマックスの全体群舞は、リズミカルな音響とカクテルライトの中、踊り、歩き、走り、佇(たたず)む。ステップ一つひとつに心が込もる。固唾をのむ聴衆。父親・博康さんから歓声が飛ぶ。グイグイ引き込まれた。最後のハーモニーが消え、明かりが戻る。沸く会場。袖に向かうRIKUの笑顔が印象的だ。

ブレイクスルージャーニーの出演者=大阪万博・シャインハットのステージ=新城さん提供
高いクオリティは、総合演出の長谷川達也さん(DAZZLE*主宰)の目標だ。目指すは「障害も人種も性別も一切関係がない、ただ純粋に舞台として優れた作品を作ること」。プログラムノートにこうある。表現で最重要なのは感動をもたらすこと。その担い手に、どんな区別も無い。「人生の中でさまざまに訪れる困難は、時に私たちを傷つけ、そして強くします。それはこの舞台に立つ私たち自身の問題であり、また、この世界に生きる全ての人の問題であります」。タイトルそのままの、「突破」のメッセージ。公演には聾(ろう)者、低身長、肢体不自由などを持つ障害者が多く参加した。車椅子ダンサーも見られたが劇中は障害の有無を感じさせない。正にユニバーサルな舞台である。
芸術を通じ社会包摂を目指す精神は、客席でも浸透が図られた。日・英・中・韓の多言語字幕と音声解説、日本語手話通訳、ヒアリングループによる情報保障。車椅子席や控えの看護士も見られた。指導、音楽・歌・振付・演出・照明・音響・映像・衣装。当日運営を含む制作や広報スタッフら、「裏方」は110個人・団体を超す。舞台と客席を結ぶ一体感は、企画・プロデュースとアクセシビリティ双方の総合監修を担った鈴木京子さん(国際障害者交流センター ビッグ・アイ=大阪府堺市)の主導が大きい。
「ダンスそのもの、踊る場とタイミング。心の中のイメージに集中し、とても楽しめた。周りの人が、元気になれたなら良かった」。公演から2か月後、RIKUが語る。シャインハットはリハーサル会場と舞台の大きさが異なり、直前の調整が大変だったというが大舞台を終えた表情に達成感が浮かぶ。

ダンサーとしての歩みを語るRIKUと父・博康さん、母・明美さん=2025年12月5日、沖縄市内で
ダンスを始めたのは小学4年、ダウン症児童対象のダンススクール「カナデノウツ」(久田恵梨香さん主宰)に通い始めた。練習に取り組み、フェスティバルやイベントの出演を重ねた。2020年にはBJの沖縄オーディションで10倍の難関を見事突破。メンバー6人の一人に入った。仲間は障害を持たず、ダンスの腕前も高い。振付の習得は至難を極めた。就労継続支援B型の事業所に通いつつ、「寝言でカウントを言うほどの」(母の明美さん)研鑽を重ねた。メンバーの支援も経て翌21年、BJ初演(大阪)に登場。23年の第2回公演では東京芸術劇場の舞台に。今回の万博公演は、自信も胸に臨んだ3度目だった。
BJの楽屋の雰囲気がとても好きだという。「指導者も出演者も皆プロ。厳しいのに、不思議とリラックスできた。僕も真剣になって、踊るのが面白くなっていった」。元々人見知りするタイプだが、初対面のダンサーにも積極的に話し掛ける中で「自分の世界が広がった」と語る。「大きな世界を見、ダンスを続けるうち、『出来るかもしれない』が、『オレも出来るんだ』に変わっていった」。ダンスを通し、社会人としても成長を続ける姿にご両親は満面の笑みを浮かべる。鍛えた身体、たくましく開かれた心。近年は後輩の育成にも意欲的。「これからもコツコツ頑張って、出来ることを増やしたい」。静かな語り口に、未来への決意が滲む。
*1996年結成。ストリートダンスとコンテンポラリーダンスを融合し、独創的な作品を生み出すダンスカンパニー。