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ノーマライゼーション ダンスクルー リバティー代表 新城ゆきえさん
Yukie Shinjo
自分の限界を知り、超える-「人生のためのダンス」
◼︎Profile
浦添市生まれ。北谷町のスタジオでヒップホップを軸にダンスの研鑽を積む。男女6人チームで2009年「ジャパン・ヒップホップ・チャンピオンシップ」(東京)で優勝。翌10年には米ラスヴェガスで開かれた世界大会で上位入賞を果たすが、いったんダンスから離れる。5年後、インストラクターとして復帰、2017年には共生社会を目指すダンス組織「ノーマライゼーション ダンスクルー リバティー」を設立。社会福祉施設や学校、児童クラブなどで指導の傍ら、内外の障害を持つ人と健常者が共演するダンスドラマ「Breakthrough Journey」で出演や指導に携わるなど県内外で実演や教育、普及活動に携わっている。
新城ゆきえさんが少女時代を過ごした1990年代、日本は安室奈美恵さんをはじめとするJ-POPが盛り上がりをみせた。舞台で繰り広げられる歌やダンスに魅せられ打ち込み、一度は日本のトップに達した新城さんが今、情熱を傾けるのは、年齢や障害の有る無しに関わらず人々がダンスに親しみ人生を豊かに出来る、開かれた場づくりである。

疾走する子どもたちに呼び掛ける新城さん=2025年8月9日=北谷町北前のハンビータウン2階スタジオ
「走れ走れ!『自分の一所懸命』を探して、さぁ走って走って!」。2025年、沖縄の夏の暑さは格別だった。8月9日、土曜午後に訪ねた北谷町北前の大型店内スタジオ。屋外に引けを取らない熱気に溢れていた。新城さん主宰の「ノーマライゼーション ダンスクルー リバティー(以下リバティーと表記)」北谷教室のレッスン。集まったのは約20人。北谷や浦添・南城両市など在住の4~40歳。大半が子どもだ。注意欠如・多動症(ADHD)、自閉症、ダウン症、脳性まひの子が居る。笑い声を交えメンバーが、反時計回りで「人間の渦」をつくる。中心に立つ新城さんから快活な激励が飛んでいた。
レッスンはウオーミングアップでスタート。続いて先の疾走、屈伸、ジャンプ。リバティーのオリジナルソング「Dance for Life」(沖縄のラテン音楽ユニット「ソルナ」の作)を使ったダンスなど、メニューが5~10分間隔で続く。時に息上がる子らに、頻りに水分補給を促す。鏡の前、子どもらが無意識につくる隊列を見ては、後ろの子を前に来るよう名を呼び、組み替える。「無意識に後ろでボンヤリするより、前に出てもらって少しストレスをかけることもあります」。どのメンバーも精いっぱい頑張るよう導く。新城さんの意思が窺われる。

大勢の子どもたちにダンスを示す=北谷町北前のハンビータウン2階スタジオ
「一人一人がギリギリまで頑張って、自分の限界を知ってほしい。その〝突破〟には限界に向き合うことが、欠かせないと考えています」。障害を持つ人が自立を図る上でも、こうした負荷は必要でないか。表情は温和ながら、新城さんの瞳にはそんな厳しさが感じられた。この日の受講生には、特別指導を受けるパフォーマンスクラスの車いすのヒコノさんの姿も。他メンバーが退去した後も、仲間のミリアさん、エリイさん共々3人で、キメ細やかな表現習得に励んでいた。
新城さんは中学・高校とダンススクールに通い、ヒップホップ、ハウス、ジャズ、ロッキング、そしてブレイキングに親しむ。国内のコンテストを制覇。世界のコンテストでも上位入賞した経歴を持つが、その後、「燃え尽き症候群」に陥る。「競争に勝てば、確かに先生は喜んでくれる。でも踊る目的が、自分では分からなくなってしまって」。2015年から5年間、仲間の目を避けるようにスクールから遠ざかり、北谷の外資系ホテルでコツコツ働く。この折、心の安泰を求め道場に通ったのが、中国武術。息を整え、悠久の動きを修得する中で進路を見つめ直す。徐々に「気」が整い、高まり、ダンスの世界に再び還った。ただし今度はインストラクターとして。「先生と生徒の関係には、なりたくなかった」。
古巣のスタジオで指導に携わる中、レッスン生の発達障害を持つ女の子に出会うも、程なくして退会してしまった。定型発達(*)の子と同じ指導方法ではダメなのか?異なる指導が欠かせないのか?と疑問が生まれる。「得意のダンスなのに、たった一人の女の子さえ幸せにできないなんて」。自負とは裏腹の、もどかしさだった。

障害の有る子も無い子も共に指導。=2025年8月9日=北谷町北前のハンビータウン2階スタジオ
顧みれば小学生のころ、障害を持つ友達が居た経験も、この発達障害の子らの指導を後押ししたのかもしれない。芸術性の追求や競争に留まらないダンスの在り方。ヒントを求め、浦添の障害者向け文化体育施設や糸満の心理治療施設、県内のラグビーやバスケットボールなど障害者スポーツ団体の聴き取りに出掛けたり、東京の福祉ダンスチームや車いすダンサーとネットで接触したり。海外事例も調べる中、障害の有無にかかわらず多様な人々がダンスを楽しめる環境つくりを目指し、自分自身が新組織を立ち上げたいと考えるようになった。
会場探しや資金繰りもさることながら、難渋したのは指導に用いる楽曲の確保だ。聴くには良くても踊りやすいとは限らない。ネットのサブスク音源も駆使し、自室で、また車中で、候補曲のリストを編み、振付を施す。受け手の視線でも指導法を磨いていった。
リバティーとしての活動は今、三本立て。保育園や特別支援学校、また小学校や学童などでのアウトリーチやワークショップなど出前・巡演活動、出張ダンス指導、そして会員限定の公演や動画制作などである。シンポジウム講師や、ミュージカルのダンス支援など舞台関連の仕事も手掛け、幅広い。リバティーの将来を尋ねると「メンバーにとってリバティーでの時間が、人との出会い、職業との出会いに繋がる活動をしていきたい。そのためにも、まずはダンススキルの向上に注力したい」との答えが返ってきた。
青春時代、ダンサーを目指して技術を磨き、「世界」に触れた新城さん。いったんダンスから退いたものの、深い魅力を忘れず「多くの人が楽しめるダンス」に回帰した原点は揺るがない。「障がいの有無は関係なく、自分自身の心が喜ぶダンス・音楽との触れ合い方を、みんなにもっと伝えていきたい」。これからもその信念を、さまざまな人々と分かち合う活動を未来へ広げていくことだろう。
谷本裕(沖縄県障害者芸術文化活動推進センター ricca実行委員)
*身体や認知、社会性や、感情面などの発達が統計上の観点から一般的な人々を指す。発達心理学や教育・医療などの分野で用いられる。