
STORIES
ストーリーズ
井上拓也
Takuya-Inoue-Higa
「誰でも、いつからでも始められる」――
独学アートの現在地
続いてお話しを伺ったのはTakuya-Inoue-Higa/井上拓也(いのうえたくや)さん(以下、井上さん)。
ricca/りっか(沖縄県障害者支援芸術文化支援センター)が日々の活動に寄り添い、応援を続けている数多くのアーティストの中から代表して、これまでの活動とこれからの展望をお聞きしています。
福岡に生まれ、幼少期に沖縄へ移り住んだという井上さん。お名前は「井上拓也」ですが、アーティストとして活動する際は「Takuya-Inoue-Higa」と名乗っています。沖縄出身である母親の旧姓「比嘉」を入れ、沖縄の誇りとルーツがあることを伝えたいのだと話してくれました。
井上さんは、沖縄県内の展覧会への出展を中心に「TERAVARNA 10th Color Finalist」での入選や国際的なアート雑誌「Visual Art Journal」でインタビューと作品が掲載されるなど、これからの活躍に期待が高まっているアーティストです。

取材に対し、明るく優しい口調で答える井上さん。なぜ絵を描き始めたのか、なぜ描くのか、井上さんにとっての“表現すること”の意義をお聞きしました。
井上さんが本格的に絵を描き始めたのは2023年、36歳の時のこと。それまで絵に親しんできたわけではなく、障害者アートの存在を知ったことが創作の大きなきっかけになったといいます。
独学で制作を続けており「絵の描き方を教えてほしいと言われることもあるけれど、自分もまだ探している途中なんです」と、井上さんは率直な言葉で話してくれました。
井上さんはADHD(注意欠陥・多動性障害)とASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けており、特性があるからこそ生まれる制作の様子を話してくれました。たとえば、井上さんは過集中しやすく、その何かに強く没頭する感覚を絵画制作に活かしているといいます。
「依存的に描いている部分もあるけれど、それが自分にとってはプラスになっている」と話す姿からは、自分自身の特性と丁寧に向き合いながら、表現へと昇華している様子がうかがえました。

今回井上さんが出展した作品は9点。展示は壁一面を使用し、大胆でカラフルな色使いに目を惹かれます。日本語と英語の二ヶ国語で書かれたキャプションは、井上さんが自ら言葉を紡ぎ、内容を構成されたとのこと。
制作のスタイルは、作品からは想像できない意外なものでした。
使用する画材は100円ショップで手に入るものが中心。井上さんの作品には「創作は、特別な道具がなくても、誰でも始められる」という思いが根底にあります。
また、制作時には必ず音楽を聴きインスピレーションを得ているそう。そうすることで、感情や記憶がより鮮明になり、筆を通して描きたいものがそのまま表現できると話してくれました。
さらに、制作にAIを取り入れている点も印象的でした。「ChatGPTに作品を見せてフィードバックをもらうことで、新しい視点を得ている」と、井上さんは話します。
独学で創作を続けてきた井上さんにとって、AIとの対話は、表現を深め、作風を広げるきっかけとなっているように見受けられます。

制作の際には必ず音楽を聴いて着想を得ているという井上さん。作品一つ一つの思い出を語るように、どんな音楽を聞いてこの作品が生まれたのかを教えてくれました。
井上さんは、昨年11月、沖縄県立美術館で初めての展示を経験。そのときの印象的な出来事について、こう語ってくれました。
「私の描いた絵を、一人の女の子が涙を流して見ていたんです」
井上さんにとって、この出来事は自身の絵が見る人の感情を動かす力があることを目の当たりにする瞬間となったそう。「さらに表現を追求する創作意欲へと繋がった」と、井上さんは話します。
井上さんの作品の土台には、障害によって経験した辛い思いや、それを乗り越えた経験があります。絵を通して自身の経験を表現することで、同じような苦しみを抱える「誰かの助けになれたら」という思いが創作の根底にあると、井上さんは教えてくれました。
また「制作をする中で支えてくれた周りへの感謝も大きい。助けられたことへの恩返しも創作の中で表現していきたい」と、井上さんは話します。

2025年に沖縄県立美術館で展示された作品(写真右側)。井上さんにとって、自身の絵が見る人の心に響くという、大きな出来事であり貴重な経験に触れるきっかけとなった作品です。
これからの目標について尋ねると「世界で戦えるアーティストになりたい」と語ってくれました。井上さんは、英語を使って海外の公募に挑戦し、より広い舞台で活動していくことを見据えています。
また、原画の販売や作品集の制作、本部町に新設される美術館での展示などにも取り組んでいきたいという展望もあるそう。
取材の終わりに今日一番の笑顔を見せてくれた井上さん。日々の創作を支えてくれる周りの人への感謝を大切にしながら、同じ悩みを持つ人の助けになりたいと、最後まで素直でまっすぐな言葉で取材に答えてくれました。
36歳で見つけたアートの道を進み続けている井上さんは、力強く語ります。
「誰でも、いつからでも始められるということを伝えたい」
そう語る井上さんの描く作品からは、やりたいことを見つけて突き詰めていく、まっすぐな生き方を後押ししてくれるような力強さを受け取りました。