【イベントレポート】
「障害のある人たちの芸術活動のこれからを考える」前編
2025年3月22日(土)、おきなわ工芸の杜 多目的室にて、セミナー「障害のある人たちの芸術活動のこれからを考える」が開催されました。また、沖縄県内の福祉事業所利用者の作品展「わったーアート展」も、セミナー会場前にて同時開催。
セミナーには、福祉や文化芸術、教育、障がいのある人たちの芸術活動に関心のある方など、沖縄県内外を問わず、およそ100名ほどが対面・オンラインで参加。これまでの沖縄県での取り組みや、2025年1月に設立された、沖縄県障害者芸術活動文化活動支援センター「ricca/りっか」の概要、日本各地での先駆的な事例の紹介、登壇者によるトークセッションに加えて参加者との質疑応答・意見交換の場が設けられました。
このレポートでは、イベント当日の様子を前編・後編に分けてお届けします。
参加者はオンラインが30名、対面での参加が70名ほど。会場はほぼ満席となりました。
司会の樋口龍二(ひぐちりゅうじ)さん(九州障害者アートサポートセンター)。「はいさい!」(沖縄の言葉で「こんにちは」)の挨拶で、セミナーは和やかに始まりました。
開会の挨拶をする、沖縄県生活福祉部 参事の北尾暢秀(きたおのぶひで)さん。
目次
【前編】
1. 沖縄県で行われているアート活動は? 県内事業所の取り組み
・「”彼ら”のアートを真ん中に 人と人をつなぐ」 社会福祉法人大樹会
2. 「ricca」ってどんなところ?「ricca」の活動について
3. 沖縄県立芸術大学における、「障害者と芸術文化」の教育研究のこれから
まずは、沖縄県内の3つの施設での取り組みについて、各施設より紹介がありました。
社会福祉法人大樹会の西村夏生(にしむらなつき)さん(以下、西村さん)は、事業所内で展開している「atelier(アトリエ) くわの実」(以下、アトリエ)の活動と、利用者の変化を紹介しました。
アトリエのコンセプトは「”彼ら”のアートを真ん中に 人と人をつなぐ」。作品を通して利用者のことを知ってもらうため、アトリエではカレンダーなどのグッズの制作・販売や原画の展示会を行っています。
グッズの販売では、利用者が自身の作品を知ってもらい、対価としてお金を稼ぐことを体感したり、「自分たちがやっていることに意味がある」と思えるきっかけになっていると、西村さんは話します。そして、沖縄県立博物館・美術館のギャラリーでの展示は、利用者に喜ばれ、彼らの自信にもつながったそう。
制作経験がまったくない利用者には戸惑いがありました。でも、利用者は段々と自主的になっていったそうです。中には職員を困らせていた利用者もいたそうですが、自分の手を使って作品をつくり、その作品が家族に喜ばれる経験をすることで、またつくりたくなる。そんな流れが生まれるようになりました。
ほかにアトリエで意識しているのが「障害のある方達を障害があるように見せないこと」。
沖縄県立博物館・美術館のギャラリーでは、来場者から「障害がある人の作品だと思わなかった」という感想を受け取ったことがありました。そんな経験から、西村さんは「作品を通して利用者を知ってもらうことを大事にしてきて良かったと思える展示会だった」と沖縄県立博物館・美術館のギャラリーでの展示を振り返りました。
西村さんは「社会における障害の概念を変えるようなアート活動をしていきたい」と締めくくりました。
グッズ販売や展示が利用者にとってどんな意味があったか語る西村さん(写真中央)。
輝翔福祉会の我喜屋聖子(がきやしょうこ)さん(以下、我喜屋さん)は、就労継続支援B型の事業所「セルフサポートセンターぴゅあ」(以下、ぴゅあ)に所属しています。
ぴゅあで大切にしているのは、利用者ができることを、ものづくりや仕事につなげていくこと。我喜屋さんは「人×ものづくり」をテーマに、ぴゅあでの創作活動と陶芸体験の事例を紹介しました。
まず、「人×ものづくり=やりがい」として、就労支援の陶芸班と畑班で活動している2名の例が挙げられました。
2名のうち1名は、陶芸班で活動しています。以前は、休みがちだったり、怒りっぽかったり、他の人とのトラブルを起こしたりすることもありました。しかし今では、こうしたトラブルはなくなり、さらには好きな車だけではなく、食器づくりにも積極的に挑戦するようになっています。
もう1名は、普段は畑班で活動していますが、雨の日の屋内活動をきっかけに陶芸作品への絵付けを始めました。遠慮がちだけど、本当は絵を描くのが好き。かつては自信なさげな様子でしたが、今では自信を持って、楽しみながら作業に取り組んでいるとのこと。
2名とも、最初は作品を褒められても「他の人に比べたら、自分の作品は遊び」「自分の絵は落書きだから」と受け入れていませんでした。それでも、自身の作品が売れる経験や、作品が喜ばれる経験を重ねるうちに自信が持てるようになっていったといいます。
さらに「人×ものづくり=出会い」として、陶芸体験の実施についても紹介がありました。
次に、陶芸体験では、職員が近くにいるものの、利用者が体験者に作り方を細かく教えます。これまでに、保育園や小学校、フリースクールで実施されてきました。
利用者が普段接する人は、家族と施設内の人だけ。人と関わることが得意な人もいれば、苦手な人もいます。苦手な人でも、子どもと関わることで人と関わることに慣れていったり、人と関わる楽しみを見つけたりすることができる——陶芸体験は、利用者にとって新しい自分を見つける機会になっているそう。
我喜屋さんは最後に「知らない」ことが、大きなバリアになっている意識があることから、障害のある人とそうでない人が「隣人として、もっとお互いを知って、同じ時間を共有する機会が増えるといい」と今後の希望を話しました。
ものづくりを始めた利用者の変化を紹介する我喜屋さん。(写真右)
トゥムヌイ福祉会の楚山佳助(そやまけいすけ)さん(以下、楚山さん)、照屋有紗(てるやありさ)さん(以下、照屋さん)は、「生き甲斐」を軸に、法人の成り立ちから伝統工芸品作りに至った経緯や、アート活動の取り組みについて紹介しました。
トゥムヌイ福祉会において「生き甲斐のある生涯を支援する!」は法人の理念。
複数ある事業所の1つである、インバウンド客を対象とした焼肉屋さんでは、平均工賃が5万円程度と、B型事業所の中では高い工賃を得られる事業所となっています。
そこにたどり着く過程で「生き甲斐とは、工賃という金銭的な対価を得られることだけではない。他者との関わりや自己表現、自己実現など、十人十色の生き甲斐・幸福追求の形があることを改めて認識できた」と、楚山さん。
他にも、紙粘土が得意な利用者がいたことをきっかけに「マイノリティからマイスターへ」をテーマにした銀細工アクセサリーの製造販売につながったという事例も紹介されました。
法人の理念である「生き甲斐」について話す楚山さん。
さらに、トゥムヌイ福祉会では、沖縄県立芸術大学出身の支援員が入社したことで、美術館での作品の展示や商品開発へと活動の幅が広がっていきます。
制作した商品は、自治体のイベントや生協、フリーマーケットサイトなどを通じて販売されました。
イベント出店は、利用者と地域の方々との新たな交流の機会になったそう。
トゥムヌイ福祉会では、2025年、新しい事業所がオープンします。その名も「アートコネクト米須コースト」。アート活動自体を事業所でのメイン事業とします。
照屋さんは、新しい事業所について「アート活動を通じて、利用者さん1人1人の個性や魅力を最大限に引き出し、地域の方や観光客の方とも交流を持てる活動拠点にしていきたい」と今後の展望を紹介しました。
展示や商品開発、新しい事業所について紹介する照屋さん。
2025年1月に設立された、沖縄県障害者芸術活動文化活動支援センター「ricca/りっか」(以下、センター)。その活動について、トゥムヌイ福祉会代表でもある、センター代表の喜納平さん(以下、喜納さん)が説明しました。
2017年よりスタートした、厚生労働省の「障害者芸術文化活動普及支援事業」により、各都道府県に障害者芸術文化活動センターが順次設立されています。
センター名の「ricca」は「Ryukyu Islands Creative Culture and Arts」の頭文字から名付けられましたが、そこには、沖縄の方言「りっか」の「一緒にやろう!」という意味が込められています。
沖縄県が掲げるセンター設立の目的は、障害者の芸術文化活動の普及及び充実を図ることにより、障害者の自立と社会参加を促進することです。
喜納さんは、沖縄県の目的を踏まえながら、センターでは「アートをベースにした生きがい探し」をしていきたいと考えています。さらに、沖縄固有の風土や歴史、伝統を重視している沖縄県立芸術大学とも連携することで、センターにおける「沖縄らしさってなんだろう?」を探求していきたいと意気込みを語りました。
riccaは中間支援プラットフォームとして、次の5つを行います。
①ネットワークづくり
②相談支援
③人材育成
④芸術文化活動の機会創出
⑤情報収集・発信
例えば、発信という意味では、展示はもちろん、WEB上でも絵画や音楽・舞台芸術の作家さんの紹介を行う予定です。また、音楽や美術のワークショップの企画や、北部、離島へのアプローチも検討されています。
事前のアンケートから、利用者が制作した作品が展示されているのは施設の中が多いことがわかりました。また、施設や利用者のニーズとして「感想を受け取ること」がありますが、一つひとつの感想は利用者のモチベーションにつながっていくものです。
このように、発表の場所作りが必要とされていることは、明らかです。
喜納さんは、今後のセンターの活動について「セミナー参加者のみんなとつながり、意見をもらいながら、みんなと一緒にセンターを作っていきたい」と、参加者にメッセージを伝えました。
人と会って話すことで足りないものを知りながら、センターを作っていきたいと話す喜納さん。
沖縄県立芸術大学(以下、県芸)音楽学部音楽文化専攻の谷本裕(たにもとゆたか)さん(以下、谷本さん)は、同大学におけるアートマネジメント教育での「障害者文化芸術活動」の現状について話しました。
大学で教鞭を取る前は、コンサートホールでマネージャーとして働いていた谷本さん。あるクラシック音楽のコンサート中のこと。大きな声を出していたお客さんにやむを得ず退室をお願いすることがありました。入場料を受け取っている手前、大変申し訳なかったと谷本さんは感じていました。
また、クラシックのコンサートが好きだった谷本さんのお父さんとの思い出もあります。高齢になったお父さんの介護をしていた時、コンサートホールに連れて行ったことがありました。ところが、プログラムの半分もいかない内に、お父さんは帰りたくなったそう。お父さん自身がトイレが近かったことをはじめ、劇場の何かが原因だったようです。谷本さんは劇場がお年寄りにとってあまり居心地が良くないのではないかと考えました。
谷本さんは、このような自身の劇場に関する経験から「クラシック音楽のコンサートにお客さんが入らないのはなぜだろう」という疑問を抱いていました。この問いが「ビッグ・アイ」のプログラム(後編で詳しく紹介)を知り、「これまでの劇場は開かれたものになっていなかったのではないか」という仮説をもつことにつながっていきます。
谷本さんは、学生に対しても「演者側ではない人たちに受け入れられる努力をしているか」と問いを投げかけています。
現在、県芸では福祉に関連したアートマネジメントの授業はありません。ただ、学生が障害のある人の音楽団体と一緒に活動をしたり、社会福祉施設でインターンシップを経験したりしています。
そんな中、2025年4月より新しい動きがあるそうです。
県芸内の「全学教育センター」で、芸術と障害の関係などをテーマに芸術文化の力で社会的な課題解決を考える研究が始動します。この研究は、文献や視察、ディスカッションなどを通して、芸術大学の一般教養教育としてどんな科目を提供していくべきかを考えることまでを視野に入れ行われていく予定とのこと。
「気づきがなければ、障害のある人ができないことに気づくことができない。教員として、気づきを与えなければいけない」と谷本さんは語ります。
最後に、riccaが行おうとしている「人材教育」について、大学関係者や一般の人の考えを変えていく役割があること、そして、谷本さん自身も「仲間だと思っている」と熱く宣言しました。
沖縄県立芸術大学にて新しく始まる研究に、当事者として期待と意気込みを語る谷本さん。
続きは後編で。
後編は、奈良県や大阪府での先駆事例の紹介と、沖縄県での今後の活動についての登壇者によるトークセッション、同時開催の作品展示についてお伝えします。
日時:2025年3月22日(土)13:30〜17:00
場所:おきなわ工芸の杜 多目的室(沖縄県豊見城市豊見城114番地1)
セミナー参加対象:福祉/文化芸術/教育関係者、障害のある人の芸術活動に興味のある方
参加料:参加無料、オンライン参加可能
同時開催:わったーアート展(おきなわ工芸の杜 エントランスホール)
主催:ricca(沖縄県障害者芸術文化活動支援センター)、九州障害者アートサポートセンター
助成:令和6年度 障害者芸術文化活動普及支援事業